香山リカのココロの万華鏡:産業保健の講座受講 /東京
医学の中に、企業や組織などで働く人たちの健康を守る産業保健という分野がある。一念発起して、産業医大で行われている1週間の夏季集中講座に参加した。
統計学や人間工学、心電図など苦手な分野の講習が続く中、唯一ほっとできるのはメンタルヘルス系の科目だ。「うつ病の話にほっとする」などというのはおかしな表現だが、やっぱりこれが自分の居場所ということなのだろう。
産業医大精神科の中村純教授の講義で印象に残ったのは、「現代日本の精神保健は、経済問題」というフレーズだった。
つまり、いまの日本でクローズアップされている「心の問題」は、いずれもどこかに経済の問題や社会構造の変化が関係している、ということだ。
たしかに、会社に目をやると厳しい人事評価や競争主義、いつ宣告されるかわからないリストラ、などストレスがいっぱい。さらに学生の就職活動は過酷になるばかりで、その結果、仕事につけずにフリーターやニートにならざるをえない若者もいれば、派遣労働を転々として、最終的に仕事も家も失ってしまう人さえいる。そうなっても、誰もが自分のことで精いっぱいなので、助けの手もさしのべられない。
つまり、いまの社会では人は組織にいてもいなくても、安心して暮らすことができない、ということだ。不安や緊張の中でストレスが高まり、うつ病などになる人も当然、増えるだろう。
とはいえ、精神科医がいくら「経済構造を見なおせ」などと声を上げても、すぐに社会が変わるわけではない。そうであれば、まずは地域や企業では予防を、診察室では治療を、という地道な作戦しかない。中村教授は、組織でうつ病などで休職した人が出た場合は、その復職にあたって本人もまわりも病気の経験に意義を見いだせるようにしてほしい、と語った。たとえば、うつ病になる人が出たことで、その部署がこれまでの働き方を振り返り、残業を減らしたりコミュニケーションの機会を増やしたりした。本人も、家族とすごす時間を増やすように生活を工夫した。もしそうできたら、まさに「うつ病になってよかった」ということになるはずだ。
「産業保健があまりに面白かったらこっちに転職しようかな」とひそかに思っていた私だが、この講座で学んだことは「精神科医になってよかった」ということ。これからは患者さんに、「病気になったけれど、よかったこともあった」と思ってもらえるような医者を目指すことにしよう。
香山リカのココロの万華鏡:産業保健の講座受講 /東京 - 毎日jp(毎日新聞)
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